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電波…とどいた? 200009上旬/中旬/下旬

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2000年9月22日の電波状況

AIR

たぶん、私に、AIR が少なくとも Kanon よりも、そう、ONE のように、ずっと深くはいりこんだ理由は、分析できないような要素があるんだろうな、とは思う。でも、やっぱり、私はこの物語構造と、その見せ方に魅せられてるってのはわかる。そうなると、やっぱり物語構造をばらしてみたくなってくるのねん。たぶん私にはそのアプローチしかたぶんできないんじゃないかなぁ。

実は、初回で通したあと、絵の回収と、あとほんのちょびっとのチェックしかリプレイをしていません。週末に時間をとって、もう一回通りやりなおすつもりです。なので、読み取りが甘いところはいろいろあると思います。私の頭の中でしばらく寝かせてみた上での現状把握ってことで。 Web 回りも、日記系と某所以外ではおさえているのは、他の意見を自分にあまりたくさんはいれたくないからなのだったり。

以下、物語構造の要素についての雑記帳。ネタバレ全開です。AIR を遊ぼうと思ってる人は絶対見てはダメ。コメントアウトしません。空行だけ少しいれておきます。形式もごちゃごちゃです。




















「DREAM」はとりあえずそのままながして、「SUMMER」と「AIR」について。

物語の背景は「SUMMER」で全て示されました。この部分の目的は、「DREAM」における前提条件の理由を示して、作品世界を読者に理解させることでしょう。まあ、それだけではなくこの部分はキャラクタ的にはもっともそそる部分になってると思います(^^; っつーか、神奈、可愛いよね(苦笑)。文書がくどくないので、

登場人物

道具立て

物語の基本的な流れ

ポイント

ちなみに「正暦五年(994年)」の高野山(=金剛)の大火ってのは史実だそうな。

このあと、「AIR」へと話がうつる。「AIR」は、基本的に 「DREAM」を、「DREAM」での役割をおえて姿がかわってしまった主人公のもう一つの姿、「そら」によってそのままたどり、さらにその後にまで話が続く。「DREAM」においては「そら」は登場しない。ここは 、一種の歴史改編というか、よーわからんけど、そういうもの(ぉ

観鈴は神奈の半身。空にとらわれた存在。過去にも同様の存在はいたらしく、主人公の(仮)先祖たち、少なくとも母親は以前の「観鈴」に接触している。おそらく、その「少女」たちも、観鈴同様に、他人と深く接することができない体質と思われる。

それに対して接触 = 救おうとすることがトリガとなって、ある現象がおこる

DREAM 中で示される現象では

なお、DREAM での観鈴のセリフを注意深く読んでいると、SUMMER を見ている段階で、「夢」の断片がどこだったかよくわかるはず。AIR でも同様。

主人公の母親は、ここまでは来たが、結果、接触を続けることをあきらめた。DREAM においては、主人公は自分の力を消耗しつくして、彼自身は消えて、それで、観鈴は救われる…これはこの段階ではみせかけ。実はこの現象は単なる前段階であることが AIR で示され、苦しみは最後まで続く。

ここで彼が使った力は、(SUMMER で示されたようなもともとあった強いものではなく)、ただ単に、「人形を動かす」ことのみ。これは観鈴がうごけなくなっていることと関係はするとは思うが、この時点での彼は「母親との楽しい記憶」を再現したということが最も重要。

実は「AIR」で示されるこのプロセスの最終的なしくみは次の通り。

主人公に可能だったことは、リセット前の壁を越えさせることまでで、そこから先は事実上作品の主人公は晴子さんに移動し、主人公=(プレイヤー) はそれを最後まで見届けることしかゆるされなくなる(選択肢が消える)。

ここでこの作品のテーマ「回復」が明解になり、真の主人公が実は晴子さんということが判明(^^; もう、超壮大なお膳立てなわけで、たぶん私がこの時点で、その場の表現としてのあざとさ以上に泣けてるのは、これだけえんえん書いてきたことが、ざっと頭を通ってるからだとおもっちょります。

最後、観鈴が死んでしまうのは、この世界の予定調和を完成させるためのの必然。観鈴は神奈の半身なので、帰らないといけない。そして、観鈴は空へと帰ってしまう。

大胆な改変の試みとしては、ここで観鈴を死なせずに、神奈のほうをひきずろおろして(笑)しまう方向でもっていくとか…俺には書けないな(苦笑)

なぜ「そら」は翼のあるものとして、これをずっとずっと見ていたのか? 最後の最後までいた理由は、「最後の「幸せな記憶」のもう一方」を届けるため。「観鈴とのことを経て「母親」として幸せに生きることができる晴子さん」の記憶を届けるため…というのが私の解釈。

ここまで全てを受けることによって、神奈の呪いは完全に開放されて、地球へ、海へと帰り、翼人の「地球の最初の記憶」としての役目も完結します。最後の光輝く姿は開放された神奈の魂だにゃ。

で、この物語は終りを宣言して閉じるのですが、そこからとびでてくる二人。この部分から、もう、判断材料としての情報はいっさい無くなってきます。思考の飛躍〜

明言はないですが、晴子さんの会話ででてくる二人なのは間違いないでしょう。というか、そうでないと許しません(苦笑)。物語をの全てを知らないけど知っていて、最後には、早めにうまれてくることで、晴子さんに幸せを与えつつ、ちょっとお話が閉じるのも手伝った上でさらに、さらに、記憶があつまった先である海のほとりにて、未来にむけて歩いていく存在。

観鈴と往人の転生、と単純に片付けるのはやっぱ違う気がする。地球にとけた神奈の記憶全てから、全てをうけつぎつつも、全てを捨ててうまれてきた、次の地球の記憶を翼人にかわって担うことになる「人類」そのものの象徴なんではないかなぁ。だからこそ男女セットでもある。そして、全てをみてきた「プレイヤー」の象徴でもあるのかもしれない。

今の人類が、星の記憶を担うに値するか? というと、個人的には「もうすこしがんばりましょう」だけど、けっこういい線はいけるものと信じてまふ。星の記憶が悲しみにみちて混沌に戻ったりして(ぉ。

象徴的な意味あいまで分割してばらしていくと、もっともっとなにかでてきそうな気はするんだけど、このあたりが私の限界やろね。次は書き出してみたこいつらを念頭にプレイしてみよー。


2000年9月23日の電波状況

るりこよみ

すでに日はかわちゃってるけど一応…。今回もまたまた落書きにょ。

秋分

ここからどんどん夜も長くなって、いよいよ秋本番〜。なんか雨つづきやけど。

秋分といえば、おはぎです。コンビニのレジ周辺の和菓子ゾーンも、この時期はなんかいつもよりたくさんならんでるよーな気がします。コンビニで季節を感じるってのもなんかアレです(涙)

夜が長いのでなにをするかというとエロゲー読書…というほど、最近本を読んでないですなぁ。うーむ。

しかし…食うか(やっぱり5個目)読むかどっちかにしなされ>瑠璃子さん。ついでに刺し箸な上に握り箸はとてもお行儀悪いれす…。


2000年9月24日の電波状況

環境破壊

おとといの話。ごうは dd の呪文を唱えた。操作先をまちがえた。Windows が完全崩壊した(涙)。がんばっていれなおしてました…。今、とりあえず PhotoShop と AIR だけ復活。

旧メインマシンは Windows マシンにしちゃったので、今、完全に Solaris な人です。いろいろ変な癖があるので、細かいところを整えるまでに手間がかかりましたが、整ってしまえばむしろばっちり。メモリ少ないからか、Netscape あげてるとひどいことになるけど(涙)。あとやっぱ SCSI って良かったね(涙)。

これは昨日の話。

このくらいできてれば、まあ、OKか。XLVNS などの開発には困るまい。 MacOS X が来たら、そっちをメインのデスクトップ環境にするつもりなわけだし。あ、gtk とかもいれて、Xayusys もチェックできるようにはしないとね。

雑記

これは昨日から今日にかけての話。一週間前ぐらいから、なんかアンテナまわりがおかしくなって、テレビが写らなくなってた(修理は数日かかると聞いていた)のですが、なんか直ってました。ということでひさしぶりにテレビをつけてたり。

TVでニュースをみるのもひさしぶりだ。そういえばオリンピックしてたのよねぇ。

夜中に NHK でやってた、なんか、妄想癖のある(笑)、弁護士なおねーさんのドラマがおもしろかった。10月から新シリーズか。こんどから見てみよう。

テレビつけたらちょうどゴールのところだった。マラソン金メダルっすか。なんかすごい差がひらいてますな高橋選手余裕しゃくしゃくってかんじっすね。

直感と分析

それはちゃうです〜。順序が逆ですと思って書いて、あげずに寝て、起きたら、おんなじことを 千熊屋さんが書いててみんさんの返答がもうでてる。

うう、もう書かなくても良いんだけど、一応2時間以上かけて書いて推敲したもので捨てるのがしのびないので、書かせてください…。

直感的にびびびと来て、感情がぐっともりあがって、で、それが一段落ついたあと、なんで、この作品を見てそんなに感情的になったのか (具体的には「泣いた」)か、ということを、可能なかぎり追求しておかないと、しゃくなんですよ。私が日常において「泣く」ってことはそうそうあるものではないのです。

直感ってのも、多くの部分は経験に基づいて形成されているものなわけで、私の直感になにが引っ掛かってくるかってのは、作品を分析したら、そのパラメータの一部だけでもぼんやりとでも見えてくる部分があって、だからこそ分析するんです。でもやっぱり「初回」ってのはやっぱり、二度と味わえるものではない非常に感覚的なものなのです。

分析をするのは、AIR がそれに十分耐えるからこそってのは確かにあります。なかなかこういった検証に耐える作品はありませんから。あと、この分析結果はフィードバックかけて次からのプレイの材料にして、さらなる作品の評価UPにつなげることはできますね。飲みの時とかのネタにもなります。月末は AIR を語れる飲み会がセッティング済み〜。

たまたま「みんさんの直感」にうまくひっかからなかった、というだけのことだと思いますよ。今は山ほど作品はあるわけで、ひっかからなかった作品は、ほっぽっておくってのが、いまどきの評価法なんだろうと思ってますが、お金出して買った以上、文句の一つも書きたくなるのはよくわかりますです。私にも、「おにいちゃんといっしょ」でさんざ書いた記憶が(苦笑)。

作品の味わい方

この作品が「ゲーム」ではないってのは、その通りでしょうね。私は最近はこの種のものは「マルチレイヤ表現」と分類してます。ゲーム性とは直交する概念なので、ゲームからそうでないものまで含みますが、比較的ストーリー主体の作品の表現につかわれてます。 Hos さんもおっしゃってますが、「ゲームであろうとなかろうと、こういうものが好きな人がやる作品」なんですな。

私は、過去の経験から推定して、この作品にははじめから、「世界の見せ方」を高く期待して楽しんでいるわけで、読み取るための心構えができているってのは確かだと思います。「キャラクタの攻略」って言葉は「Key作品をプレイする時の私の辞書」にはありませんし、萌え要素も求めてません。ついてきたらめっけもんってぐらい。だからこそ、特につまることもなく最後まで一気にプレイできたんだと思ってます。

今の時代、大量に物があふれてて、どちらかといえば、消費のみで精一杯な傾向が高いので、私は、「これは!」と、私に特にうまく合う作品(群)については、腰をすえてとりくみたいって意思があって、その主要対象が今、私にとっては、月並みなんですけど、「Leaf作品」と「Key作品」というくくりなので、それだけ見るのに気合いを入れてるってのもあるのかな。

この二つに手をひろげてはまりすぎるのは、特に金銭的に危険なので、 Key はびみょーに引いたところにいる(=同人誌なるべく買わない) つもりだったのですが…今後は…(汗) 今後といえば、Key はとりあえず安心してられるけど、Leaf はねー、アレでナニでどうなるかねー(遠い目)

あ、「でじこ」も今、けっこうはまってる対象にょ(爆)。これは、「全く考えてないでOK」ところがミソです(苦笑)。考えてばっかじゃつかれちゃうしね。

あ、でも、やっぱ、モノ(グッズ除く)をごそっとそろえて目を通してみると、しっかり芯になっているものがあるから、これだけ展開可能なんだとは思います。この芯が削れて細くなってとぎれちゃうと。ブームの終りが来るんでしょう。才能ある人たちにおもいっきり愛されてつくられているキャラって点では、 Leaf作品のキャラも、Key作品のキャラも、でじこも同じだと思います。

えあ

おお、 最後の部分の解釈までほんと同じですね(9/23)。私のって、まとまっているというか、並べただけという気が(^^;

買い物

魔の町。とら…の前に NextSTEP の本がたしかあったよなーということでジュンク堂にいってみたんだけど、くらくらするお値段だったので買えませんでした(涙)。

で、こんどこそとら。

ふふふ、今回はでじこの城にはひっかからなかったっす。なんせ手持ちの金がつきたから(ばき。「おじゃま」が出てた他、月末には、アンソロジーVOL2, うさだソロ、BLACK CDがでるのね…。フロムゲーマーズだけもらってきた。新キャラの名前募集。そういえば、Kanon の公式アンソロジー本も出てたんだけど、発行がブロッコリーでした。グッズ系がたくさんでているあたりとか見ても、組んだってことですかねぇ。

はぎやさんの「Heart to Heart」は売りきれてました。それぞれの感想とかはまた余裕があればのちほど。うーむ、積んでる小説増えてるな。

「ウォーターゼリー (LOTTE)」が消えていた > サンシャインのとこの am/pm。かわりに「とろっと新食感 ピーチ&マンゴー (POKKA)」ってのが。狙ってるのか? ネクターよりちょい濃いめでとろみあり。マンゴーをまぜるのは失敗だと思います(涙)。

えあ2

あう、しまった。いまさら言っても、もう遅いんだけど、先にかいちゃえばよかったよ。というのは、 木村さんのところと、そこから先の 「ARM さんの AIR評」を読んでの一言。←ごめんなさい。木村さんのお名前、吉田さんって書いてました。bookmark の順番がならんでるのでごっちゃになってました。

えーと、こないだの AIR 構造分析で、ひとことだけ、「俺には書けないな」として、ひっそりと書いてあって、次のネタ用に保留してあったのですが…ってネタバレるね。改行。なんか今日は書きすぎなので、この項目の下は今日のぶんについてはもう追記はしないと思いますのでご安心を。




















あのまとめを書く前に、某所でちゃっとしてて、その会話の中でふっと気づいたんですわ。「AIR の『観鈴』シナリオ」に続ける(正確にはちょっと違うけど)」 SSって一つ書けるじゃん」。そう、「観鈴が空に帰る」必然は、物語の予定調和なんだけど、予定調和を崩しちゃえってことです。「神奈をひきずりおろしてそのまま Happy End」という手がまだある。

これは、想定された世界をひっくり返すことになるから、相当用意周到にもっていかないと、ダメダメになってしまう可能性が大アリ小アリ。だって、そっちのほうが「大きな奇跡」なんだから。もりあげるなら、佳乃あたりをからめるといろいろいけそうです。

とっても読んでみたいので、だれか腕に自身のある人、書いてくらはい(^^;

さてさて、私は終盤の展開に負けて、かなり泣いてたほうですが、作品の後の、最大の余韻のポイントは、

なんですね。「二人が生まれ変わった、よかったね」なんて、そもそも思ってないってことがミソ。あの子は、たしかに、「あの二人にこれから苦しみがおとずれること」、「自分達の存在のベースであること」ってのは知ってるんだけど、それだけしか知らないし、あまり興味は無い。それを明解に知ってるのは、全てを見ていたプレイヤーと、「世界」だけで、彼らはただ前に歩いて行くだけ。←オレ内部設定、これできまり

たぶん、これは、私がうけてきた思想教育の結果だろーと思うのですが、私、こないだも書いたように、「自分は死にたくはない」って人です。でも、この「死」ってのが、一般的なものでなくて、世界の流れの中から自分の痕跡がなくなってしまうことといったレベルまでひろがるんですね。

最高の欲望としては、「より自分だったもの」がずっと残ることではあるんですけど、最悪、自分の影響をうけたものがなんらかの形でずっと残るのなら、それはそれで良い。

周囲で、だれかが亡くなったり、ものが壊れたり、その過程と結末はとっても悲しいんだけど、そのこと自体が、私をふくめて何かに影響を与えて、何かが変わる。このことはものすごく肯定していて、で、このことをなんらかの形で作品で示されると、それだけで評価ポイントがアップする仕組みになってます。でもって、全滅は、エンターテイメントとして以外はキライ。

あー、一つ。悲しみよりもそれによる変化のほうを強く肯定するのは、これが、「作品」だから、言葉は悪いけど「ひとごとだから」ってのもあると思います。精神的余裕が無い状況でこれが言えるかどうかは、この考え方が私の中で固まってから以降、そういった事態には実世界では遭遇していないので不明。

ああ、ゲーム中で、そういった状況で泣いたり、怒ったり、ふて寝したりはしてるか。さおりんはさみとか、千鶴さん「殺してよ」とか。えーと、それ以降が無いけど、人としてはまだだいじょうぶなんだろうと思います(^^;

だから、私にとって、「AIR」での、晴子さんと観鈴の一連の流れでの、最大の泣き所―は青空のところだから(これは、もう、条件反射で泣ける)―ぐっとくるポイントってのは、晴子さんが敬介と語るところ。その上で「世界全体」の流れが一歩動いたことを示されたら、もうぐわーっとくるしかないのです。

この文書を書いてる思考を別思考でチェックしてみると、私が実は、「大事の前には小事などどうでも良い」と考えがちな人間であることが読み取れてしまいました。あ、ただ、たぶん「小事」の比較は適宜行うんで「自分自身」のほうが「小事」だと判断された場合には利他的に動くと思います(苦笑)。

それはさておき、ARM さんの「PureMail」恐ろしい発言は爆笑。いやあ、あれはホント恐ろしいです。はい。


2000年9月25日の電波状況

雑記

そろそろ 9月末です。「うさだぱっち」はどうなったんだろう、と思われている、CCLUB別働隊のファンのみなさま、ついに問題の原因が判明しました(T_T)

音声トラックの一つにふくまれていたデータのビットパターンが、たまたま CD-DA においてひたすらエラーを頻発させやすいものだった

しくしくしくしくしくしくしくしく。やっぱ呪われてたんだ(T_T)。初の事例だそうです。えここの BGM をそのまま収録しよーということでいれた WAV データだったのですが、合成音トラップということね。結局、あちらでフィルタ処理してもらって、それで最終的にマスターアップしてもらいました。当初疑われたデータトラックには全く問題無し。なんとか、来月頭には納品かにゃ。長かった…。

うーむ、そういう不幸な WAV データの検出方法ってないのかねぇ。


2000年9月26日の電波状況

おとどけもの

届きました〜♪ APPLE から直送の航空便。

うう、いれてぇ。いれてつつきてぇ。でもこれから会社にでるとこ(^^; もうすぐカットオーバーでテスト中なので休めないの(苦笑)。せいぜいもってって覗くぐらいやね。うう、早く夜にならんかなぁ(ばき

雑記

昨夜。コンビニに行って買い物しました。ちょっとお金がたりませんでした。家までとりに帰ろうとしたら、また後で良いといわれました。コンビニでつけが効いたのは、人生で二回目(苦笑)

確認のための「うさだ」提出用マスターが届く。盤面にいろいろデータが書いてある。5th Edition らしい。問題なし。おつかれさま→エンジニアの方

評価の基準

評価基準の話、おおざっぱにみて「絶対基準」な人と「相対基準」の差が、明確になったかなぁという気がしてます。自分の中に確固たる基準がある人は、その基準を中心に評価するので、それが満たされれば評価が高くて、はずれると評価が低くなる。いちせさんや、みんさんはこのタイプですよね。ばるさんも。主要評価ポイントは人によってばらばら。傾向としては、絶賛かもしくはその逆かになりやすい。

後者な人は、「作品の完成度」、作成側が表現したかった(と思われる)ことが、ちゃんと表現しきれてたか、という点の要素が大きくて、それが大きく全体を左右。個人的な嗜好も基準ではありますが、支配力が低い。これ、私や GORRY さん。傾向としては、システムの不備やつくりこみ不足などによるコンセプト破綻を見つけると、評価が下がるようです。「萌えげー」と認定された場合は、「キャラに萌えること」がコンセプトなので、個人嗜好がメイン基準になります。

後者な人にとっては、AIR はかなり完成度が高い意欲作なんですね。実験も多いし。

えあ

はじきだされる読者。これについては、「ONE」においても漠然と感じられたことなのですが、AIR は「宣言」入ってるし、わかりやすかったです。私、あの最後のモノローグを見た時、「あーやっちゃったよ」って笑ってましたもん。大泣きした直後に(苦笑)。あの二人が実は自分(プレイヤー)でもあるというのは、この宣言を見せられてますから、素直に誘導されたのでした。

麻枝氏、とても傲慢なやろーです(誉め言葉)。大上段から、読者をたたき出してます。これに対抗する手段は、一つには、「作品を引っくり返すこと」(昨日書いてたこと)そして、もう一つは、「ならば我々には我々のあらたな物語を」と、オリジナルを書くこと。…できれば後者やりたいもんですね。

AIR って、これだけうだうだ書いてみて、読者がついてくるかどうかって実験だったのかもしれないね←好意的解釈。結果的には…どのくらいかわからないけど、かなりの比率が「たるい」って言ってる気がする(^^; 「AIR」の部分は、要所だけ残して、あとははしょってもよかったのかも。


2000年9月27日の電波状況

まこすてん

カスタムをえらんで、BSD subsystems がはいるようにする。インストール所要時間は 15分ぐらい。コピーに10分。ホスト名とかの設定に5分。最初に admin になれるユーザを登録(これはどうやら su できるユーザのようだ)。あとからユーザの追加は任意に可能。

起動中に、ああ、いま fsck しとるんやなー、ネットワーク初期化しとるんやなーというのがわかるねぇ。

ああ、なんか無駄に綺麗や(苦笑)。Windows には影ついとるし、ボタンはきらりと光るし、メニューはアルファ合成でフェードアウトするし、アイコンはでかい上にとびはねてるし。

IE もきちんと動きますね。日本語も出てます。 Yamaha の外部 USB スピーカーも認識して音なってます。

ユーザ毎にホームディレクトリがあって、あと共通の public というディレクトリがあるみたい。ユーザは適宜追加可能。

classic おこそうとしたらなんか起動を示すバーがとまったので stop。あ、もちろん他の部分には全然影響ないです。普通にすいすい。もう一度たちあげたらちゃんと動いた。なんだったんだろう。 MacOS 9 についていた、DVD プレイヤーを動かしてみた。「この Machintosh には対応してません。エラー番号301 (涙)」あうあうあうあう。DVD がみれなくなっちゃったにょ。早急な対応を希望。

端末エミュあるかなー♪。ごそごそ。あったっ! 起動…。

ん〜♪ 手になじむな…あ、/bin/tcsh やん。ls /bin :D ls /usr/bin :D~~。

uname -a
Darwin multi 1.2 Darwin Kernel Version 1.2: Wed Aug 30 23:32:53 PDT 2000;
root:xnu/xnu-103.obj~1/RELEASE_PPC  Power Macintosh powerpc
うふふふふふふ。あ、multi はホスト名ね。 Darwin だよ、BSD だよ。ls とか cat とかはもちろんのこと、 vi から、あ、emacs まではいってら。man man でちゃんとマニュアルがでるよ〜。ばっちりだよ〜

ごうちゃは、最強の表示システムをもった UNIX 環境を手にいれた〜。ちゃりらりん♪。IE も動くしね。

shutdown は特に何も動かしてなかったら 5秒 程度でした。

Developer Tools も入れる。えーと…どこにどう入ったの? cc(gcc) とかは /usr/bin/cc として入ったのはわかったんだけど…探す…ヘルプの中に解説のリンクが追加になってました。って、 CD のさいしょの読んでねドキュメントにかいてるやーん。 Project Builder とかは /Develop 以下にそれぞれディレクトリがあって、そこにインストールされてました。

あ、sshd 標準で入ってる…でもホスト鍵が無い(あたりまえ)。

# ssh -V
SSH Version OpenSSH_2.1.1, protocol versions 1.5/2.0.
Compiled with SSL (0x0090581f).
# ssh-keygen -b 1024 -f /etc/ssh_host_key -N "" 
# ssh-keygen -d -f /etc/ssh_host_dsa_key -N ""
# sshd

ふっ、問題ない。外部から普通にログイン可能。ということで、某所にて、みんなのアカウントつくって入れるようにしてみたり。あ、クラックしないでね(苦笑)

せっかくなので スクリーンショット。 (80%縮小/jpg/90K)


2000年9月28日の電波状況

判断基準

つっこみまくられてしおしお〜に私がなるわけがない。さすがにまとめるのに時間かかった…。

あるるんその1 あるるんその2。「完成度」は未定義で使ったのが悪かったようです。基本的に GORRY さんの文書と同じことを想定してました。この文脈での完成度、とは、 (主観によって)「想定されるコンセプト」が、 (主観によって)「きちんと表現された」と「感じた」状態のことで、私はそういった作品の評価が高い。

esuさん 用語を変えてみました。

いちせさん。はい、「個人的嗜好」はちょっと違うな、と確かに思いましたので、下の勝手な分類では消してみました。いちせさんは、叫ぶ時は感情と嗜好で叫んでいるんだけど、「でも…」として、作品としての評価基準は別途あるな、というのに気付きましたので。 GORRYさん。んと、そういうことです。技術的つくりこみというより、「作者の思考のながれ」がトレースできるほど作品にあらわれてきているかどうか、という点で「完成度」をつかってみたのですが、これは用語としてあまり適してなかったようです。なにをもって完成度と言うのか、というのは人によって違いすぎたようで。それから、「客観」については、自分の好みの要素は関係が無いという点では「客観」なんですけど、作者の想定の予想をしてる部分が、かなり主観的なので…。ああ、混乱してきた。

下でもまとめてますが、たぶん、あるるんの評価の仕方も、基本的には同じなんだろうと思います。ただ、その要求基準がやっぱり違うのと、あと、表現したいことを読み取って、それを評価する基準が全体を通して揺れてない、ってのがあるのではないかと思いました。AIR に話を戻しますと、私、そのシーンにおいては、「ここは泣き所だから泣く」という「その場あわせの基準補正」が見事に働いてたと思います(苦笑)。意識的にではなく、単に、そういった展開に涙腺弱くて、思考できてないだけのことなのですが(苦笑)

整理。まず、用語の選択は良くなかったと思ったので修正から。

固定基準
作品を評価する基準が固定されていて、どんな作品でもその基準に従って評価する
変動基準
作品を評価する基準を作品の内容に応じて別のものに切り替える

さらに考察しなおして、具体的な基準の内容を追加。

感情基準
自分が感情的に影響をうけた度合いで判断
技術基準(客観)
文書、物語構造解析、絵、システムなどを、 技術的な観点から判断(例:誤字脱字、シナリオ矛盾、彩飾、バグ)
技術基準(主観)
上と基本的に同じだが、「うまい/へた」「好み/好みでない」といった点で判断。

うーん、あんまりうまくないわけかたかも。おおざっぱかなぁ。

固定←→変動 はまあ、違うわけなんだけど、「変動の基準」ってのはたいてい固定しているわけで、変動な人は、固定基準を複数もっている、とみても良いのかもしれません。

感覚、技術の評価基準の種別は対立しているわけではなくて、それぞれの採用の割合が異なるわけです。極端な例では、「泣けたから許す」「萌えたから許す」など。

技術基準については、全般的に重視する人/しない人に分かれていると思いますが、特定の項目に特別に反応するケースもありますね。特定の語句への反応、特定のシチュエーションやパターンへの反応などなど。

以上をふまえて再検討。勝手に分類してしまってるのはごめんなさい>みなさん。実際にはもっともっと複雑な要因があるわけで、こう、単純にはわりきれないとは思うのですが、それなりにわかりやすいかとは思いますので…。

私とGORRYさんは似ていて、

あるるんも近いんだけど、

で、こないだはいっしょくたにしてしまってごめんなさいなお三方。

いちせさんは、

みんさんは、

ばるさんは、

指標にする場合には、固定基準な人を目印にしたほうがわかりやすいとは思います。変動基準の人は、どの基準を今つかっているかが読み取れないと、判断材料になりませんが、それまでつかめていれば OK。イレギュラーで怖いのは「萌え」。これは場合によっては全ての基準をふきとばす場合があるので全く参考にならない状態を産み出します(苦笑)。

上にでてきた中では、私、GORRYさん、いちせさん、みんさんは、 (作品をアピールする場合)「自分が良いと思った点」をぐいぐい全面に出すことで、それを行う傾向があるのに対して、ばるさんやあるるんは、別途一歩引いた点からの視点を記しておくのを忘れないのはポイント。そういった意味では、reviewer としての資質を強く備えていることになるのかしらん。

私も「一歩引いたライン」は考察のためには準備してあるつもりなんだけど、評価がまとまった段階では姿を消しているようです。反論に対して「反射的に」再反論をしてる場合ってのは、この一歩引いたラインでの、意見の検証のプロセスがすっとばされてます。

あ、この文書はさすがに、主思考とは別基準の思考ラインにかなり頑張ってもらって推敲しております。

個人的に、いちせさんの最近の AIR の感想を読んでると「混乱」を感じます。これは、通常の基準を圧倒する「感情」方面でのインパクトがあったせいなんだと思ってます。一方、自分自身をみますと、文書量や、記述への熱のいれっぷりなどから、かなりこの作品にいれこんでしまっている状態なのが目につきますね(^^; Kanon の時の「冷め方」との差というのをみると、私の評価関数がおぼろげにでもうかびあがってくるのかもしれません。


2000年9月29日の電波状況

雑記

昨日。会社に Cube もってって自慢したり。背負い鞄に入れて担げるもんですな(ぉぃ。何人かの物欲は刺激できたらしい。にや。

ぴーす

おととい〜昨日。いれてみる。

パスの対応と ini の扱いでびみょーになやむもたぶんこれでOK。でも雫も痕も Seg. Fault (涙)。一瞬窓はでてたり。 ftp.exe はちゃんと動いている模様。

DLL 再構築に挑戦。

クロスコンパイルってどうやるんだっけ。昔、黒プレステでやってたはずなのだが。導入されたコマンドをじっとながめる。あー、そうそう、名前同じ。んじゃ、パスの順番変更。OK らしい。

export.s が無いといわれて lib/libc 中断。沖さんが現れないのでとりあえずあきらめる。… dll/ はこれはこれでコンパイルできそうだ…リンク失敗。なんかライブラリの中からぬけてるっぽい。やっぱ中断。

ざっとコードをながめた範囲では、表示回りは想像したような構造になっているらしい。ふむふむ。なんとかなるかな。

判断基準

追加検討はちょびっとしたけど、だいたいここまでかにゃ。ただ、もう少しスマートな基準がありそうな気はする。個別フォローはのちほど。

えあ

あ、 最後の二人、私も読者限定ではないです。 22日の記述では固有名詞はつかってませんが「男女」でそれを示したつもり。

だれかどっかで同じこと書いてたと思うけどどこかわからなくなった(^^;

とどけもの

今朝。ADC から小包。なんじゃらほい。お、XなTシャツや。あといろんな CD と DP4(もう不要…) と「INSIDE MAC OS X System OverView」。 Apple に PDF であったから、印刷して読もうかなーと思ったけど、けっこうでかいんで躊躇してたやつ。俺ニーズ適合でポイントあっぷ

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